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東京地方裁判所 昭和58年(ワ)9834号 判決 1985年9月24日

原告

株式会社第一旭企画事務所

右代表者代表取締役

菰田泰治

原告

長良建設株式会社

右代表者代表取締役

菰田泰治

右両名訴訟代理人弁護士

石黒康

被告

株式会社ノア設計

右代表者代表取締役

金子範義

右訴訟代理人弁護士

上石利男

被告

淺沼孝彦

主文

一  被告らは、各自、原告らに対し、それぞれ各金一七五万円とこれらに対する昭和五八年五月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らの主位的請求及び予備的請求のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は五分し、その一を原告らの、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(主位的請求について)

1 被告らは、各自、原告らに対し、各金四二五万円とこれらに対する昭和五八年五月八日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告らの負担とする。

3 仮執行の宣言。

(予備的請求について)

1 被告らは、各自、原告らに対し、各金二五〇万円とこれらに対する昭和五八年五月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告らの負担とする。

3 仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの各請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

(主位的請求)

1(一) 原告株式会社第一旭企画事務所は、土地、建物の開発、企画、設計等を業とする会社であり、原告長良建設株式会社は、建設工事、建築設計、管理等を業とする会社である。

(二) 被告株式会社ノア設計(以下「被告ノア設計」という。)は、建築設計、施工、管理等を業とする会社である。

2(一) 原告らは、昭和五八年二月二八日、被告淺沼との間で、次のような内容の契約(以下「本件契約」という。)を締結した。

(1) 被告ノア設計は、原告らに対し、仮称新興ビルの建築に関し、その建築工事の請負人を原告ら若しくは原告らの指定する第三者にすることを約束する。

(2) 原告らは、被告ノア設計に対し、右の対価として、金三五〇万円を支払う。

(3) 右(1)の約束が履行されないとき、被告ノア設計は、原告らに対し、損害金として金七〇〇万円と原告らが設計協力した機械設備等の業務についての費用を併せて支払う。

(4) 右(1)の履行期限を同年三月三〇日(ただし、同日、同年四月三〇日に延期された。)とし、その履行がされなかつたときは、一週間以内に右(3)の金員を支払う。

(二)(1) 被告淺沼は、右契約を締結する際、「株式会社NOAH設計(以下「NOAH設計」という。)取締役所長淺沼孝彦」との名称を使用したが、同被告は、被告ノア設計の元取締役であつて、現にその社員であり、かつ、右名称は、その営業の主任者であることを示すものであつて、同被告から右名称の使用を許諾されていたのであるから、商法四二条の表見支配人に当たる。

なお、被告ノア設計は、昭和五六年四月一三日、訴外新興タクシー株式会社(以下「新興タクシー」という。)との間で、前記新興ビルの建築に関し、建築士の業務委任契約を締結したが、その際も、被告ノア設計欄に、被告淺沼は、「NOAH設計取締役所長淺沼孝彦」と記名押印している。

(2) 仮に、被告淺沼が被告ノア設計の社員でないとしても、被告ノア設計は、その本店営業所(後記高関ビル五階B室)において、被告淺沼が被告ノア設計の被用者かつ支配人として行動することを容認していた。したがつて、民法一〇九条、商法四二条の類推適用により、被告ノア設計は、本件契約に基づく債務を履行すべきである。

3 被告淺沼は、昭和五八年二月二八日、原告らに対し、被告ノア設計の原告らに対する右契約に基づく債務につき連帯保証した。

4 原告らは、昭和五八年二月二八日、被告ノア設計の表見支配人あるいはその類推適用を受けるべき被告淺沼に対し、右契約に基づき、それぞれ各金一七五万円を支払い、かつ、同年四月三〇日までに、第2項(3)の設計協力として合計金一五〇万円相当の設計業務をした。

5 被告ノア設計は、昭和五八年四月三〇日までに、第2項(1)の約束を履行しなかつた。

(予備的請求)

6(一) 被告淺沼は、被告ノア設計の被用者でも支配人でもないのに、これを装い、あたかも被告ノア設計との間で、有効に本件契約を締結するかのように原告らを欺罔し、その旨誤信した原告らをして、被告ノア設計に対し効力を生じない契約を締結させ、前記対価名下に原告らから合計金三五〇万円の交付を受けてこれを騙取し、かつ、原告らをして、前記設計協力名下に金一五〇万円相当の設計業務をさせた。

(二)(1) 被告淺沼は、被告ノア設計の現に社員であり、仮に、雇傭関係あるその被用者でないとしても、被告ノア設計は、被告淺沼に対し、その本店営業所(事務所)、電話及び前記名称、肩書を使用することを許諾し、その業務若しくは同種、同一の業務を行わせていたのであり、そして、被告淺沼は、被告ノア設計の営業所内でその業務を行つていたのであるから、被告淺沼と被告ノア設計との間には、実質上の使用、被用の関係があつたというべきである。

(2) 仮に、そうでないとしても、被告ノア設計は、被告淺沼がその被用者かつ支配人として、右欺罔行為をすることを容認していたから、共同して右欺罔行為をしたものというべきである。

7 被告淺沼の右不法行為により、原告らは、前記のとおり、各金二五〇万円相当の出捐をし、これと同額の損害を受けた。

8 よつて、原告らは、被告らに対し、主位的に、(1)被告ノア設計に対しては、商法四二条、(2)そうでないとしても、民法一〇九条、商法四二条の類推適用に基づき、被告淺沼に対しては、連帯保証契約に基づき、連帯して、金八五〇万円とこれに対する弁済期の翌日である昭和五八年五月八日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の、予備的に、(1)被告ノア設計に対しては、民法七一五条に基づき、被告淺沼に対しては、同法七〇九条に基づき、(2)そうでないとしても、被告らの共同不法行為に基づき、連帯して、金五〇〇万円とこれに対する不法行為日の後である昭和五八年五月一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

二  請求原因に対する被告ノア設計の認否及び主張

1(一)  請求原因1(一)は不知。

(二)  同(二)は認める。

2(一)  同2(一)は不知。

(二)  同(二)(1)は否認し、同(2)は争う。

3  同3は不知。

4  同4は不知。

5  同5は認める。

6(一)  同6(一)は不知。

(二)  同(二)は否認する。

7  同7は争う。

8(一)  被告ノア設計は、被告淺沼を昭和五二年三月ころから昭和五三年三月一日までと同年七月一〇日から昭和五四年一月二〇日まで、取締役兼社員として使用していたが、その間、被告淺沼が対外的にも対内的にも信用を失墜させる不始末をしたので、実質的には懲戒解雇であつたが、昭和五四年一月二〇日、取締役辞任と同時に、形式上、円満退職として、同被告を退社させた。

(二)  被告ノア設計は、肩書住所地に存する高関ビル六階に本店住所を有するが、従来から実質的には殆んど機能しておらず、名目的な会社であつて、右本店も営業所としての実質を備えていないのであり、代表取締役金子範義が主宰する株式会社ユーアイと同居する形で同所に存在していたにすぎないから、右本店は、商法四二条の本店には当たらない。なお、被告ノア設計は、昭和五二年四月、右高関ビル五階B室を賃借したが、昭和五八年二月二八日には、右契約の解約の告知をした。

(三)  被告淺沼は、右退職後も、右金子のもとに外部の人間として時折り、顔を見せたことはあるが、被告ノア設計が本来の営業目的である建築設計・監理等の営業は勿論、他にこれといつて機能している会社ではなかつたことから、株式会社ユーアイの主宰者としての金子と接触していたのである。被告淺沼は、右金子の意に反して、自分で勝手に甲第九号証及び乙第二号証の各名刺を作成使用し、かつ、電話を架設して使用していたものである。

三  被告淺沼は、公示送達による適式の呼出を受けたが、本件口頭弁論期日に出頭しない。

第三  証拠<省略>

理由

一弁論の全趣旨によれば、請求原因1(一)が認められ、同(二)は当事者間に争いがない。

二そこで、請求原因2(一)について判断するに、<証拠>によれば、原告らは、昭和五八年二月二八日、NOAH設計取締役所長との肩書(名称)を付した被告淺沼との間で、(1) NOAH設計は、原告らに対し、川崎市川崎区元木町二―七〇―一所在川崎新興ビル建設工事の請負契約を原告ら又は原告らの指定する業者に決定することを約束する、(2) 原告らは、NOAH設計に対し、この合意と同時に右の対価として金三五〇万円を支払う、(3) NOAH設計は、原告らに対し、この約束の目的に達することができなくなつたときは、損害金として右受領した金員の倍額を支払う、また、原告らが設計協力した機械設備等の業務についての費用を併せて支払う、(4) 右(1)の履行期限を同年三月三〇日(ただし、この期限は、同日、同年四月三〇日に延期された。)とし、その履行がされなかつたときは、一週間以内に右(3)の金員を支払うとの約定による契約が締結された(以下「NOAH設計との契約」という。)ことが認められる。

原告らは、NOAH設計取締役所長との名称は、被告ノア設計の営業の主任者たることを示すものであり、被告淺沼が被告ノア設計の現に社員であり、同被告から右名称の使用を許諾されていたから、被告淺沼は、被告ノア設計の表見支配人に当たると主張するので、この点につき、検討する。

一般に、取締役所長の名称は、本店又は支店の営業の主任者たることを示すものと解せられないではない。しかしながら、NOAH設計と被告ノア設計とは、明らかに名称を異にしており、相互に同一性があると認めるに足りる十分な証拠はないから、被告淺沼がNOAH設計取締役所長との名称を使用したことをもつて、直ちに、被告ノア設計の取締役所長と称したものとして、その表見支配人に当たると認めることはできないというべきである。

なお、<証拠>によれば、被告ノア設計は、その社員の名刺とかその他の書類にNOAH設計との表示方法でその社名を使用することもあつたことが認められるうえ、<証拠>によれば、原告らのNOAH設計宛に発送された昭和五八年七月八日付催告書が、そのころ、被告ノア設計に郵送され、同被告においてこれを受領していることが認められることから、仮に、NOAH設計との名称が被告ノア設計の通称名として使用されており、したがつて、被告ノア設計を指称し、これと同一性あるものと認められるとしても、商法四二条にいわゆる表見支配人とは、本店又は支店の営業の主任者たることを示すべき名称を付与された使用人を指すものと解されるところ、被告淺沼が昭和五二年三月ころから昭和五三年三月一日までと同年七月一〇日から昭和五四年一月二〇日までの間、被告ノア設計の取締役兼社員であつたことは当事者間に争いがないが、被告淺沼が昭和五八年二月二八日当時も被告ノア設計の使用人(社員)であつて、かつ、被告ノア設計からその取締役所長たる名称の使用を許諾され、あるいは、その名称の使用が黙認されていたことを認めるに足りる証拠はない。したがつて、被告淺沼が被告ノア設計よりその営業の主任者たることを示す名称を付与された使用人であると認めることはできないから、被告淺沼を被告ノア設計の表見支配人と認めることはできない。

<証拠>によれば、被告淺沼は、NOAH設計取締役所長との名称で、昭和五六年四月一三日、新興タクシーとの間で、前記新興ビル建設に関し、建築士の業務委託契約を締結し、新興タクシーからその委託業務の報酬として金二〇〇〇万円(うち設計料として金一〇〇〇万円)の支払を受ける旨の合意をしたところ、被告ノア設計は、昭和五八年八月ころ、新興タクシーに対し、右設計料金一〇〇〇万円が未払であるとして、その支払を求める催告書を送付したことが認められ、また、金子の尋問結果により被告ノア設計の社員であると認められる刈谷修は、<証拠>によれば、右契約締結のころ、新興タクシーのために、新興ビルの建築確認申請手続を行つたことが認められるから、これらの事実にかんがみると、被告ノア設計は、被告淺沼が新興タクシーとの間で、被告ノア設計の取締役所長として右契約を締結することにつき容認していたのではないか、すなわち、右取締役所長としての名称の使用を許諾し、あるいは、その使用を黙認していたのではないか、と一応考えられないではない。しかしながら、被告ノア設計が右催告書を送付するにつき、被告淺沼と新興タクシー間の前記契約の契約書を手に入れ、これを了知したうえで、右の催告をしたことを認めるに足りる証拠はなく、<証拠>によれば、被保険者資格喪失確認通知書では、被告淺沼が、被告ノア設計を退職したのは昭和五七年二月二〇日となつていること、被告淺沼は、昭和五四年二月二〇日以降も、被告ノア設計に頻繁に来社していたこと、被告ノア設計の代表取締役金子範義個人が被告淺沼に対し、金一五〇〇万円程の貸金を有し、かつ、被告ノア設計においても被告淺沼が被告ノア設計のために持ち込んだ仕事についてすでに金五〇〇〇万円程の資金を投与していたので、これらを回収するにつき、被告ノア設計と被告淺沼との間で、同被告が被告ノア設計のために持ち込んだ仕事で埋め合せするとの暗黙の合意ができていたことが認められるから、前記催告は、被告ノア設計において、被告淺沼がその社員として右契約を締結したものと考えた結果したものとはいえなくもないし、そうでないとしても、右埋め合せの合意に基づいてしたにすぎないと推認されないではなく、また、<証拠>によれば、被告ノア設計において、刈谷が前記確認申請手続を行つたことを全く知らなかつたことが認められるから、前記事実のみをもつてしては、被告ノア設計が被告淺沼に対し、右名称の使用を許諾し、あるいは、その使用を黙認していたものとはいまだ認めることができないといわなければならない。

他に、被告淺沼が被告ノア設計の表見支配人であることを認めるに足りる証拠はない。

してみると、被告淺沼が被告ノア設計の表見支配人であることを前提とする原告らの請求はその余の点につき判断するまでもなく失当である(主債務を認めることができない以上、被告淺沼の連帯保証債務も認めることができない。)。

また、原告らは、被告ノア設計は、その本店営業所において、被告淺沼が被告ノア設計の被用者かつ支配人として行動することを容認していたと主張するがこれを認めるに足りる証拠はなく、他に、民法一〇九条、商法四二条の類推適用を認めるべき事実も窺えないから、これを前提とする請求も失当である。

よつて、原告らの主位的請求はいずれも失当である。

三次に、請求原因6(一)について判断するに、被告淺沼が昭和五七年二月二一日以降、被告ノア設計の社員であつたこともその支配人であつたことも認められないところ、<証拠>によれば、訴外第一旭設備工業株式会社(以下「旭設備」という。原告ら代表取締役菰田泰治がその代表取締役でもある。)の業務部長であつた大野則治は、昭和五七年一〇月ころ、訴外真柄建設株式会社の紹介によつて、被告ノア設計及び被告淺沼を知つたが、そのころ、被告ノア設計本店営業所(高関ビル五階B室)において、被告淺沼から新興ビルの設備関係の請負工事を依頼され、これを受けたこと、その際、同被告は、大野に対し、「株式会社NOAH設計一級建築士事務所取締役所長淺沼孝彦」と記載のある名刺(甲第九号証)を差し出し、更に、同席していた訴外増田博雄をその企画室長と紹介したこと、右増田も同被告と同様の会社名の記載ある名刺(甲第一〇号証)を差し出したこと、右名刺には、その所在場所として、被告ノア設計のそれと同一の場所が記載されていたこと、大野は、被告淺沼から右依頼を受ける際、被告ノア設計本店営業所の所在を高関ビル一階エレベーター脇にあるテナント表示板でその名称と共に確認していること、更に、右営業所入口ドアには、被告ノア設計の表示がされていたこと、また、大野は、被告淺沼を右名刺に記載された肩書から、被告ノア設計の仕事上の最高責任者であると思つたこと、旭設備は、昭和五八年二月一七、八日ころ、右設備関係工事用の図面を完成して被告淺沼に引き渡したが、その折、同被告より前記真柄建設が新興ビルの工事から手を引くことになつた旨告げられ、その本体工事も任せるので、金三五〇万円を融通して欲しい旨申し入れられたこと、旭設備では右本体工事まで引き受ける能力がなかつたので、大野は、前記菰田にその旨説明し、同被告の意向を伝えたこと、その結果、同被告と原告らとの間で右の話が進められることになつたこと、しかして、大野は、以後、原告らの担当者としてその交渉に当たることになつたこと、そして、菰田は、昭和五八年二月二一日ころ、被告淺沼から被告ノア設計の代表取締役は金子範義であつて、自分は一切を任されている支配人ないしマネージャーである趣旨の説明を受けたこと、更に、前記新興タクシーとの間の建築士の業務委託契約書(甲第二号証)を示されたうえ、被告ノア設計が新興タクシーから新興ビルの建設について、その設計、監理を委託されていること、そのため、これに基づき、被告ノア設計において、請負業者の選定もできる権限を与えられており(大野は、その旨の委任状も見せられている。)、したがつて、原告ら自ら、あるいはその指定する業者がその請負人となることができる旨の説明を受けたこと、そこで同月二八日、前記のように、原告らと被告淺沼との間で、NOAH設計との契約が締結され、同日、原告らから各金一七五万円が前記対価名下に同被告に支払われたことが認められる。また、<証拠>によれば、右契約締結後の同年三月上旬ころ、前記菰田は、右契約に基づいて工事を実施する打ち合せのため大手建設業者の担当者二名を同道して、被告ノア設計本店営業所に赴き、被告淺沼、増田と会い、その交渉、打ち合せをしていること、その外、同被告とは、電話連絡を何度もしていること、また、右菰田は、被告ノア設計の存在を信じて前記金員を支払つたものであることが認められ、金子の尋問結果によれば、被告淺沼らが原告らに差し出した名刺に記載されていた電話番号は、被告ノア設計の代表電話番号であることが認められる。

右認定事実によれば、原告らは、自らあるいは大野を通じて、被告淺沼から同被告があたかも被告ノア設計の被用者であつてその支配人でもあるかのような虚偽の説明を受け、その旨誤信したものと認められるところ、しかも、それが被告ノア設計本店営業所を使用して行われ、かつ、その代表電話番号である電話も利用してされたこと及び被告淺沼らが前記のような名刺を差し出したことと相俟つて、原告らが右のように誤信したとしても無理からぬというべきである。

したがつて、原告らは、被告淺沼が被告ノア設計の被用者であつて支配人でもあり、有効に被告ノア設計との間で本件契約が締結できるものと誤信し、前記NOAH設計との契約を締結して、これに基づき、合計金三五〇万円の支払をしたものと認めることができ、これにより、原告らは、被告淺沼から右金員を騙取されたものと認めることができる。

なお、<証拠>には、すべてNOAH設計と記載されているのであつて、被告ノア設計とは記載されていないこと、また、前掲甲第五号証の催告書は、NOAH設計代表取締役淺沼孝彦宛に発送されていることが認められることから、原告らは、あくまでもNOAH設計との間で契約を締結する意思であり、被告淺沼をその代表取締役と認めて、同被告に対し、前記金員を交付したにすぎないのではないかとも一応考えられないわけではない。しかしながら、前記認定のとおり、原告らは、被告ノア設計の存在を信じて右金員を交付しているのであつて、かつ、前記大野証言によれば、大野は、被告淺沼とは、一二、三回にもわたり、被告ノア設計本店営業所において会つており、その都度、電話連絡もしあつているのであり、また、同被告が不在のときは、女性がこれを取り次ぎ、その伝言は必ず同被告に通じていたことが認められることに照らせば、原告らとしては、NOAH設計と記載されていても、それは被告ノア設計と同一性あるものと考えていたとも推認されるから、右のような事実があることのみをもつて、前記認定判断を左右するに足りないというべきである。

他に、前記認定を覆すに足りる証拠はない。

そうすると、被告淺沼は、原告らに対し、民法七〇九条に基づき、前記欺罔行為によつて蒙つた原告らの損害を賠償する義務があるというべきである。

四そこで次に、被告ノア設計と被告淺沼との間に、使用、被用の関係があるといえるかについて判断するに、被告ノア設計と被告淺沼との間に、昭和五八年二月二八日当時、雇傭関係があつたことを認めることはできない。したがつて、雇傭関係があることを前提とする原告らの主張は失当である。

しかしながら、民法七一五条にいわゆる使用、被用の関係があるというためには、必ずしも雇傭関係が存することを要するのではなく、実質的に使用、被用の関係が認められれば足りるものと解されるところ、<証拠>によれば、被告ノア設計は、東京都文京区湯島一丁目一二番六号に存する地下一階地上七階建の高関ビル五階B室を賃借して、同所にその本店営業所を置き、建築設計、施工、監理、店舗設計及び施工並びに建築設計土木等に関する総合企画コンサルタント等を業としている会社であるところ、被告淺沼は、昭和五二年三月ころ、その取締役に就任して入社し、その設計関係の営業を担当していたこと、外に、一級建築士の刈谷修ら一二、三名の従業員がいたが、昭和五七年一〇月ころには、代表取締役金子範義と専務取締役高木敏一を除いて、全員解雇される等して退職したこと、同ビル六階A室には、訴外株式会社ユーアイ(右金子範義の実兄がその代表取締役である。)があり、外に、右金子が代表取締役である株式会社ソフトランド、高木が代表取締役である蒼元社が存在していること、被告ノア設計は、昭和五七年一一月二九日、右五階B室に対する賃貸借契約の解約を申し入れ、その明け渡し期限を昭和五八年二月二八日としたこと、しかし、実際の明け渡しは、同年三月一〇日にされたこと、被告淺沼は、昭和五四年一月二〇日、被告ノア設計の取締役を再度辞任したが、その理由は、顧客となるべき者から事前にリベートを取得したことからであつて、それが被告ノア設計にとつて利益にならなかつたためであること、しかし、被告淺沼の被保険者資格喪失確認通知書には、昭和五七年二月二〇日退職した旨記載されており、しかも、同被告は、昭和五八年九月ころまで、被告ノア設計本店営業所に自由に出入りしていたのであり、特に、昭和五七年一〇月ころから同年一一月ころにかけては頻繁に(連日又は週に二、三度)出入りしていたこと、被告ノア設計が被告淺沼にその自由な出入りを許していたのは、前記暗黙の合意があり、それが被告ノア設計にとつても利益になることからであつたこと、また、被告ノア設計としても、被告淺沼が被告ノア設計のために持ち込んできた仕事について契約の当事者となつて、締結したこともあつたこと、被告ノア設計としては、昭和五八年中は、あまり仕事がなかつたのであるが、それでもたまにはまとまつた仕事があつたこと、五階B室本店営業所で右の仕事をしたり、客の応対に当たることもあつたこと、更に、被告淺沼は、前記金子との約束のうえで顧客を被告ノア設計に連れてきていたので、金子の所在に応じて、六階に赴いたり、五階に赴いたりしたこと、金子との約束を経ないで顧客を連れてきたときは、右金子は、直ちにその顧客を引き取らすか、必要があれば応対していたこと、五階B室の本店営業所には、金子範義が加入者となつており、被告ノア設計のために使用されている電話(番号八三四―四二八一、前記のとおり、これは被告ノア設計の代表電話番号でもある。)が存したところ、これは、被告淺沼が在職中はその専用に使用していたものであるが、原告らとの前記NOAH設計との契約を締結するについてもこれが使用されたこと、右本店営業所には、設計用の器械、応接セット等が配置されており、被告淺沼は、増田と共に、同所に詰めており、前記電話を使用して、原告らとの間で、前記NOAH設計との契約を締結するについての交渉、連絡、打ち合せを行つていたこと、被告ノア設計が昭和五八年三月一〇日、五階B室を明け渡し、その六階に移転した後も、同所に前記電話も移設されて、被告淺沼の使用に供され、かつ被告淺沼らは、応接セットの衝立で仕切られた区画で、前記同様の連絡、打ち合せを行い、原告らも、同所に被告淺沼を訪れていることが認められる。また、前記のとおり、被告ノア設計は、昭和五八年八月ころ、新興タクシーに対し、設計料一〇〇〇万円の支払を求める催告をしているのであり、その社員の名刺等には、「NOAH設計」と表示した社名を使用することも許していたことが明らかである。しかも、<証拠>によれば、被告ノア設計本店営業所の鍵は、被告淺沼に預け放しになつていてこれを回収していないことが認められる。

右によれば被告淺沼は、その業務を遂行するのに、被告ノア設計の本店営業所を主として使用していたものと認められるところ、その鍵を所持し、そこに、自由に出入りすることを被告ノア設計から許されていたことによるものと認めることができ、しかも、被告ノア設計の代表電話番号を利用することも放任されていたと認めることができるし、被告ノア設計においても、被告淺沼が持ち込む仕事から利益を得ようと考えて同被告の右行為を容認し、かえつて、これを奨励していたともいえるのであつて、そのため、同被告が連れてきた顧客に応対することもあつたし、あるいは、不都合であればこれを拒否するということもあつたことが認められるのであるから、被告ノア設計は、その事業活動上(被告ノア設計は、事業活動をしていなかつた旨主張するが、前記認定のとおりであつて、採用しない。)、実質的に、被告淺沼に対する指揮、監督を行い、その活動によつて直接収益を取得できる地位にあつた(現実に利益を得られたかどうかは問わないものである。)というべきであり、このような場合、被告ノア設計と被告淺沼との間には、実質的な使用、被用の関係があると認めることができる。

被告ノア設計は、被告淺沼が信用を失墜させる不始末をしたから昭和五四年一月二〇日解雇同然に退職させたと主張するが、仮りにそうであるとすれば、その危険防止のためには一層その出入りを厳禁にするなどの措置をとるべきものと考えられるのに、前記のとおり、かえつて、本店営業所の鍵を預け放しにするなどして、自由に出入りすることを認めていたのであり、また、被告淺沼が持ち込む仕事から利益を得るべく、むしろ、これを奨励していたものとも認められるのであるから、被告ノア設計としては、被告淺沼を右のような地位に置き、これに対する何らの防止措置もとらなかつた以上、その使用者としての責任は到底免れられないものといわなければならない。

してみると、被告淺沼の前記認定の業務内容と被告ノア設計の前記認定の事業内容に徴すると、被告淺沼は、被告ノア設計の事業の執行につき、前記欺罔行為を行つたものと認めることができる。

五そうすると、被告淺沼は、民法七〇九条により、被告ノア設計は、同法七一五条により、被告淺沼の前記欺罔行為によつて蒙つた原告らの損害を賠償する義務がある。

そこで、原告らの損害について判断するに、原告らが被告淺沼に対し、昭和五八年二月二八日、前記対価名下に合計金三五〇万円(各原告につき金一七五万円)を騙取されたことは前記のとおりであつて、これにより、同額の損害を蒙つたと認めることができる。

原告らは、設計協力したことにより、合計金一五〇万円相当の損害も蒙つた旨主張し、原告ら代表者の供述中にはこれに沿うかのような部分もあるが、いまだこれだけで右事実を認めるに足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

六以上の次第であつて、被告ノア設計は、民法七一五条に基づき、被告淺沼は、同法七〇九条に基づき、損害賠償金として、原告らに対し、それぞれ各自各金一七五万円とこれに対する不法行為の後である昭和五八年五月一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるというべきである。

七よつて、原告らの各請求は、右の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき、同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官後藤邦春)

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